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9月の「あっ」:その1

2007年 9月 21日 (金) at 22:06

9月1日(土)【さまよえる岩手県民・序章】

いよいよ本番、東北青年フォーラム。
ところが、案の定というか例年通りと言うか、私は夜になってからじゃないと宮古を離れられないという状況。もっとも、(古館)慶樹さんも同じように日中仕事、という事だったので、最後発部隊として夜から湯沢に合流する事になっていた。宮古発が18:30~19:00前後、つまりだいたい時間読みの通りであればLOMナイトが開始される10時には湯沢に着ける計算である。

の、だが。
湯沢に出発する数日前、山舘さん曰く。
「でも、和山くんの事だから、今年も迷子になるんでしょ?」
「失礼な。あれは事故ですよ事故」
「…普通の人はああいう事故を起こさないって…」

――ちなみに昨年のフォーラム初日(土曜日)の夜――
http://jc520.com/wp/06/archives/81
http://jc520.com/wp/06/archives/90
―――――――――――――――――――――――――

「大丈夫ですよ。今年はちゃんとどういうルートを辿れば辿り着くかきちんと調べてありますし、皆にも送った通り宿舎と会場の地図も地番も連絡先もきっちり調べてありますから」
「当たり前だって、それ…」

という訳で、けいじゅさんを乗せていよいよ宮古を出発。
当たり前と言えば当たり前なのだが、盛岡南IC―北上JCT―秋田道と順路は順調。そしてほぼ時間読み通り、21時50分頃湯沢ICに到着。
そこでやっさんから電話。

「もしもし?」
『さとるー、着いた?』
「はい、今インターを降りて文化会館の前の辺りです」
『そっか、じゃあもうすぐだな』
「はい、きっちり合流出来ると思います」

 後は、この目の前の398号線に乗っていけば宿舎に着ける筈だ。
「で、どっち行くんだっけ」
 けいじゅさんがそう言ったのを受けて、地図を取り出す。

 地図を。

 ち…ズ…。

 地図忘れた――!!

「え、ええっと、ほら、目の前のバスがいかにもそれっぽいじゃないスか」
「あ、そう言えば…」
 『それっぽい』の内容については、そこはかとなく察して頂くとして、とりあえず我々はそのバスの後ろをついて行く事にする。

 10分経過。

「…おかしいな…」
「?」
「確か5分も走れば宿舎につく筈なんですよ」
「はあ」
「しかも、そこからさらに5分も走れば駅前のはずなんですよ」
「…湯沢駅前って標識、一度も見ないよね…」
「うーん…」

 さらに10分経過。
 道路が2車線になった上、あからさまに山の中に道が続いているようなところに来てしまう。

「おかしい。これは絶対おかしい」
「とりあえずUターンしてみますか」

 さらにその上で、コンビニに寄って道を聞いてみる。

「湯沢駅前ったらば、どっちだべね?」
「この道をあっちに行けばいいですよ?」

 コンビニの店員さんが指差した「あっち」とは。

 我々がやって来た方向。

「しまった――!!」
「最初にバスについて来ちゃったのが間違いだった――!!」
「大懇親会から真っ直ぐ帰る真面目なLOMもあるんだ――!!」

 教訓。
 自分たちを基準にものを考えるのは、止めましょう。

 という訳で、慌ててUターン。
 今来た道をもう一度戻り、ひたすら逆方向に走る。走る。走る。

 30分経過。

「…どう考えても来すぎましたね…」
「どこだよ、湯沢駅前って…」
「とりあえず、もう一度戻りましょう」

 その上で、完全に山勘で人通りの多そうな方向に舵を切る。
 そしてそのうち。

「あ!」
「やっと出た! 湯沢駅前だ!」

 という訳で、湯沢駅前にとりあえず車を動かす。
 だが。

「うーん」
「ものの見事に止める場所が無いですね…」
「とりあえず、もう一度宿舎を探しますか」

 そしてわき道に抜けつつUターン。
 しようと思った直後。

「あっ」
「えっ?」

「LOMナイトの店に着いちゃった」
「ええ―っ!?」
「とりあえず俺、車どっかに止めて来ますから、けいじゅさん、先に店に行ってて下さい」
「はいよ」

 …そして湯沢JCさんの設営した案内所の前を通り、店にほど近い有料駐車場に車を止めてLOMナイトの会場に向かう。
 そして店に入った瞬間。

「すんません! やっぱり今年も迷子になりました―ッ!!」

 私にできることは、その台詞とともに土下座する事だけであった。
 …これが、この後続々と起こり続ける珍事件に比べればほんの序章に過ぎなかったという事は、神ならぬわが身には予想もつかない事であった。

(PART2に続く)

8月の「あっ」

2007年 8月 28日 (火) at 23:21

8月28日【アンラッキーデー】

急遽仙台出張。
昨夜のうちに思いつく限りの案件を手一杯片付け、さらに出発する前にも会社でひと仕事、ふた仕事、9時ごろに駅前へ向かう。

…で。
実はこの日、私はバスではなく、久しぶりに山田線を使って盛岡まで移動しようと考えていた。バスだと9時ちょうどに駅前を出るのだが、汽車なら9時17分発になるので、10分ほど長く仕事が出来ることになる。この差は大きい。
という事を考えながら駅前に到着すると、ちょうど106急行が駅前を出るところ。それを横目で眺めながら、車中で飲む缶コーヒーと雑誌を買い込み、駅の建物の中へ。

あれ?
なんですか? この張り紙は。

『腹帯~川井間 落石事故により不通』

うそー!!

「申し訳ございませーん、現在山田線、落石事故のため不通状態となっております。バスによる代替輸送を行っておりますので、窓口で切符と引き換えに代替輸送券をお受け取りくださーい」
 え、えーと。
 代替輸送って事は、山田線と同じぐらいの時間には盛岡に着くんだよな…?
 その不安に答えるように、駅員さんがこう叫んだ。
「11時40分のはやてにご乗車予定の方はいらっしゃいますかー?」
 その言葉に、私はおずおずと手を挙げる。
 結果。

「間に合いません」

「え?」
「間に合いません」
「本当に?」
「間に合いません」

 …という訳で、仙台に連絡を取り事情を説明、一本後の新幹線の切符を取り直してもらい、バスで一路盛岡へ。そしてお昼ごろようやく盛岡到着。会社への定時連絡を行った直後、今度はJCルームのたかせやさんから電話。しかしこの時点で私はホームに向けて駆け上がっていた訳で、周りはうるさいわ声は動揺してるわという惨状。それを聞いたたかせやさんが開口一番。

『大丈夫ですか?』

 …電話に出るのは確かに大丈夫でしたが、違う意味では大丈夫ではありませんでした。

 まあ、ともあれそちらの案件も確認完了。後は仙台に向うのみ。
 一時間の遅刻で会場に着くと、先方に大爆笑される。

 さらに休憩時間に、郡山のO沼さん(ビッグパレットふくしまの近くの大きな修理工場さん)といつものボケツッコミの応酬。その中で当然のように昨年の全国大会の話題になり、先日郡山JCの皆さんの訪問を受けた際のお話もした。
「でまあ、お昼に来るって言うんで昼飯のセッティングしたんですけど、さあ食うぞ、っていう段になって会社に強制送還喰らったンで…」
「あれ? 清郷行ったべ?」
「理事長さんですよね?」
「んだ。俺よ、あいつとずっと一緒だがらよ」
「しまった! 強制送還無視すんだった!」
「おめ、何考えて設営したんだ?」
「いや、O沼さんの恥ずかしい話で盛り上がろうと」
「すんな」
「さらに新しい暴露話も聞いておこうと」
「んだがらお前、何考えてんだっての」

 前略、伊藤理事長様、山口専務様。
 中座したせいで死ぬほど大きな仕事を残してしまいました。もしフォーラムでお会い出来ましたら、O沼さんの恥ずかしい話を沢山聞かせてください。

 とか何とかやってる最中に、今度はやっさんから電話。
 フォーラムの旅行傷害保険の確認だ。
 ところが、その後もう一つ聞いておこうと思った別件の最中。
 (ぴーっ ぴーっ ぴーっ)
「あ、あれ? 電池? 電池が?」
『あ、おいさとる、電池大丈夫』
(ぴーっ!)
 電池切れ。一旦電源を落とし、電源を少しだけ復活させて強引にメールを早撃ちして別件の概要のみを取り急ぎ伝える。

 …まあ、一度コケると徹底的にコケ続けるのが私の特徴って事で…。
 明日、ちゃんと連絡取らないとなぁ…。

 まあ、そういう訳で、ぐったりしながらようやくつい先ほど帰宅したのですが。
 重大な忘れ物が、もう一つありました。

 杉本くんごめん。
 フォーラム行きの交通費、ルームに預けとくのを忘れてたよ…orz

7月の「あっ」

2007年 7月 28日 (土) at 12:02

7月27日【ボスケテ日和】 

出欠確認。
事務局においてもっとも多発する重要な仕事である。
担当例会以外にも、JCにおける各種大会や、多団体さんの各種会合であるとかイベントへの出席は全て事務局の割り振りにかかってくる。JC内での役職指定のもの、人数指定のもの、最近では性別指定、というのもあったりして、この辺りは会員の皆さんがどのような体制で仕事をしているのか、というのを踏まえて事務局から相談を持ちかける状況がどうしても多くなる。
だいたい6月ぐらいまでは総会のご案内、会議のご案内が多くなるのだが、夏場にさしかかって来るとイベントの手伝いの依頼も次第に増えて来る。
そして、ちょうど子供達が夏休みに入る今の時期にピークを迎えるのだ。

まあ、そういった訳で今現在もいくつかのイベントを控えているのだが。
今年度は皆、かなり協力的で、事務局もあまり苦労した記憶はない。公開討論会から国際アカデミーまでのイベントの流れの中でもそれは明確で、それぞれの仕事のシフトだとかタスクを上手くやりくり・分担してやって来ており、人手が決定的に足りない、という状況はさほど無かったように思う。

…の、だが。
実は今週に入って、遂に大ピンチ発生。
みやこ夏祭りの花火警備依頼、この日の時点でもまだ人員が確定しない。

いや、当然ながら私は出席するのだが。
なかなか他の人たちがつかまらない。
この仕事、一応警備の仕事なので女性会員は最初から外す。
その上で、秋まつりをやる手前、(まつり室メンバーはともかく)、家族を持っている人は外す、という不文律もある。
当然ながらそうした縛りの中で皆に声をかけていく訳なのだが。

「もしもし、花火の警備なんだけど」
『ごめん、修羅場…配車割と受付で目一杯だわ』
『YOSAKOIの方があるっす』
『町内のまつりイベントスタッフで、既に組み込まれています…』

…これは仕方がない。本業は勿論、別件でのコアスタッフに入っている人を引き抜く事も流石にやってはいけない。

こうして更に選択肢が狭まる。

「もしもし、なんとかならない?」
『…うーん、花火の最中ですか…』
「休みだべ?」
『ええ、休みは休みなんですが…』
「なんか問題あんの?」
『いえ…その…』

 何だ? この異様な歯切れの悪さは。
 普段なら、もっとはっきりと物を言う奴なんだけどな…。

 あっ。

「わかった、こっちでなんとかすっから」
『本当っすか?』
「ま、今回はしょうがなかんべ、心当たりはまだあるから」

 わかった。
 何でこれに限って、ここまで苦戦するのか判った。花火大会だって言うのに…

 一緒に行く彼女も居ないボンクラが、これに出るんだ。

 その後、何人か声をかけ、なんとかなりました。
 無論、全員、ボンクラです。

6月の「あっ」:その2

2007年 7月 13日 (金) at 17:55

6月19日【愛称「蟇P」の日】

公開討論会、当日。
無事に終了した事に安堵しつつ、パン1個・おにぎり1個などの軽い食事で酷使に耐えてくれた皆への御礼の意味も込めて、佐々木美佳副委員長のお店「ぐぅぐぅ」へ移動し、ブロックメンバーも交えて遅い夕食会。

やっさんに手伝ってもらいながら飲み物の注文を取りまとめ、とり急ぎセットメニューを焼き網の数の分だけ手配、後は個々に食べたいもの注文を確認し、いったん乾杯のために落ち着こうとした。
えーと、席は…。
そう思って周囲を見渡したところ。

「さとるー。ここ空いてるぞー」
「あ、蟇目さんの隣っすか」
「何だ、俺の隣に何か問題でもあるのか?」
「いえいえ、そういう意味じゃないっす、大丈夫です」

というやりとりの末、ようやく着席。
そして乾杯。

とりあえず、ようやく居心地がついたところで、周囲を見渡すと、順調に肉も届いてきている。席も飲み物もきちんとゆき渡り、とりあえずは安心といったところだ。
やれやれ…と思いながら着席したその時。

「お待たせしましたー。激辛壺ホルモンです」

 …激辛?
 そして隣に蟇目さん?
 その上…。

「ニャー!!」

 俺の隣が山内くん?

【ここ数年の、わかりやすいあらすじ】
・蟇目さんは目の前に食べ物があると、必ずいたずらを始める。
・そしてたいがい、何も考えないで行動する奴が被害者になる。
・和山は石巻で蟇目義顕プロデュース・悶絶激辛地獄の被害者になった。
・山内は昨年、蟇目義顕プロデュース・悶絶蕎麦地獄の被害者になった。
 

 地獄開始。
 蟇目義顕プロデュース・悶絶激辛地獄2。

 こうなったら、俺か山内くんがまずこの激辛を食べないといけない。
 これがLOM内における暗黙の了解である。
 せつない気持ちを必死に押さえて、壺のフタを開く。
 するとその上に、青唐辛子が豪快に一本。

「……」

 蟇目さんが無言で唐辛子を焼き始める。
 だが、これを蟇目さんが食う訳がない。

「一番最初に食った奴が、一番(リアクション芸人として)オイしいんだぞ?」

 と言いながら、私と山内くんの退路を絶つ。
 しかしその直後。

「うわ! 辛っれえええええーっ!!!」

 我々の逆方向のテーブルで、佐々木副理事長が率先して自爆。
 そして周りのものをとりあえず口に入れつつ大暴れ。
 それが収まったところで、やっさん曰く。

「いいか、食うなよ? 絶対に食うなよ!?」

 前略やっさん。
 これ、上島語ですね?
 日本語に訳すと、「そっちも誰か食え」って事ですね?

 よし、男ならやってやれ。

 という訳で、網の上で程よく焼けた青唐辛子をためらい無く口に入れる。
 最初は特に何もない。そしてちょっと青臭い。
 うん、このパターンは間違いない。
 石巻の時と同じだ。

 3。2。1。

 そしてカウントゼロ。
 無言で目の前のビールを飲み干す。
 さらに運ばれて来たばかりの新しいビールも飲み干す。
 その上、目の前にあったキャベツを生のままバリバリ齧る。無言で。
 全身から汗が噴き出す。
 何と言うか、その。

 言葉にならないくらい辛い。

 たったこの一本の唐辛子のせいで、この日私の味覚は完全に破壊され、何を食っても一切味が判らなくなってしまった。加えて。

「蟇目さん、なんかこう、全身の毛穴が開いてる感じなんですよ」

「なるほど」

「ただこれ、生えてくるのかハゲて行ってるのかわかんないんス」

「ハゲ言うな」

余りの出来事に、そんなに辛いのか、と興味をもったのか、村田さんが目の前にあった「身」のほうを口に運ぶ。

 3秒経過。

「うわっ!? 何これ!? ありえねぇ!!」

 そう絶叫しつつ、大慌てでお茶を飲み干す村田さん。
 あの惨状を見た上で自ら死地に飛び込むこの人の魂の性別は、「漢」と書いて「おとこ」と読むと思います。
 以上の展開を踏まえ、私は山内くんにこう告げる。
「いいか、食うなよ? 絶対に食うなよ!?」

 その後の展開は、最早説明するまでもありませんよね…?

<蟇目プロデュース、この日の被害者>
 佐々木康(自爆)、和山(お約束)、山内(お約束)、村田(自爆)
 須賀副会長(自爆)

6月の「あっ」:その1

2007年 6月 25日 (月) at 16:55

6月15日【キレてないですよ? な日】

6月例会。
しかしこの日、突如仕事が飛び込み遅刻が確定してしまう。
それが理由で、とあるトラブルがあったのに加えて、家族内でちょっとした揉め事もあり、この日の私の機嫌はここ10年間でも最悪であった。

そこに加えて、駐車場探しで迷子になっている会員から「たすけて」連絡も入る。
仕方がないので沢田屋さんの外に出たのだが、見当たらない。
この瞬間、この日ここまでの全てのストレスが積もり積もって、ぶっちり切れた。

「やってられっか!」

と絶叫して、地面に携帯を叩き付ける。
裏蓋と電池が吹き飛ぶ。

…まあ、ここまではせいぜい「大人気ない」程度の話なのだが。
この行動、私は左利きなので左手で行ったことになる。
そしてこの時点で、JC名札が胸ポケットの中に納まったまま。

つまり全力で地面に携帯を叩き付けた瞬間、全力で振り下ろされた左腕によって、ポケットの名札が私のわき腹に力いっぱい押し付けられる現象が起きた訳で。その結果、わき腹からみしっ、と言う嫌な音がした訳で。
要約すると。

肋骨折れた。

いわゆる「肋軟骨」の骨折である。今まで私は2、3度経験しているが、実はこの状況、病院に行ってもシップとか痛み止めをもらうだけで、あとはひたすら我慢大会になる。

うん、決定。
気合で治す。

とは思ったものの。
骨折経験者ならご存知の通り、折れた瞬間はそうでもないのだが、折れてから少し時間が経つとじわじわと痛みが増してくるものである。
室内に戻って話を聞き始めると、次第に差し込むような痛みがやって来る。
動けば痛い。黙ってても痛い。息をするのも痛い。笑ったりなどもっての他。
ううう…辛いな…。
この状況で難しい質問に答えたくないな…頭もろくに働かないし…。

「それでは和山さん」
「はい!? なんでしょうか村田委員長!」
「『明るい豊かな社会』について貴方がイメージする所をご説明ください」
「…え?」
「いえ、なんか眠そうだったんで」

前略村田さん。
あれは眠そうだったんじゃありません。
痛くて辛かったんです。
正直、素面だったはずなのに自分が何を言っていたのかまったく記憶にありません。

理事長脱臼、専務骨折という虚弱体質LOMのあしたはどっちだ。

5月の「あっ」:その3

2007年 5月 28日 (月) at 23:11

5月28日【割と唐突な専務理事の一日】

いつも通り6時ちょいちょいに起床。
工場のシャッターを開け、事務所で今日一日の仕事の組み立てを再確認。
朝食後、よーいドンから引き取りが落ち着くまでは本業に専念。
しかる後、いつもの如くメールチェック。常任理事会合わせの資料が届いているのを確認。そして、いよいよ公開討論会の日程が煮詰まって来た事を理事長からのメールで知る。すぐに会場の仮押さえを済ませ、直接打ち合わせのアポを取るとともに名刺の準備。

昼休み、文化会館さんにて料金及び時間押さえのシフトを確認、設営から撤収までの時間割と概算予算を確認の上、詳細料金表を預かって打ち合わせ終了。

午後一時過ぎ、高瀬屋さんから電話。松原室長に連絡の上緊急連絡小一時間ほどで処理完了。その一方で、事業計画未着の委員長さん、および依頼事項確認のため熊谷財政局長へ連絡。

午後5時、現場は無事に定時終了。実はこの後が私にとって仕事の本番なのだが、今日は仕事の方で打ち合わせ…と懇親会のため途中で切り上げてホテル沢田屋さんへ移動。克司さんにご挨拶の後、いよいよお客様との打ち合わせ&懇親会開始。

でもって、その途中。
案の定鳴り響く携帯。そして中座。
「もしもーし、わやまです」
『山内ですー。事業計画送ったんですけど、確認出来てますか?』
「ごめん、今日はかくかくしかじかで、もうちょっとかかるわ…」
『わかりました、では後で』

ちなみにこの時点で、時刻は20時30分。
だがしかし、懇親会が盛り上がってしまい、まだしばらく終わる気配はない。

うーん…もうちょっと仕事しておきたいな…と悩んでいたところに。
渡りに船とばかりに熊谷さんから電話。

「はい、わやまです」
『熊谷ですー。すいません、例の資料の件なんですけど』
「あ、うちのルーターがサイズオーバーで撥ねた奴ですね」
『資料を分割して送りますんで、それで確認して見てください』
「そうですね、それで確認してみましょう」

この時点でおおよそ21時。
ここで中座しようかな…と思ったのだが。

「飲んで飲んで!」
「せっかくだからがっつり飲まねば!」

親父&弟、超ノリノリ。
駄目だこりゃ、と思いつつ、ひと息入れるべく一階の自販機コーナーにエスケープ、煙草を吸おうと思ったのだが。

「あっ、ライター忘れた…」

という事で、フロントに行ってマッチをもらう。
そしてそのまま戻ろうとした直後。
突然脇腹をつつかれる。

「どうわっ!?」

 ちなみに犯人は。

「和山ちゃーん、何やってんのー?」
「あああ、安藤さん、なんでここに居るんですかッ!?」

 さらにその上、その直後にエレベーターが一階に到着。
 その中から出て来たのが。

「お、さとるっ!」
「池田さんまで、何やってんですか!? てか、どうなってるんですかこのホテルは!」
こうして思い出しながら書いていると、失礼極まりない発言を連発しているのだが、何せ動揺しての発言なのでその辺りはご容赦頂きたい。特に沢田亮君。
ともあれ、ここでこの二人と一緒にどこかへフェイドアウトしようかとも思ったのだが、そうすると後が怖い。しかも安藤さんも池田さんも別件での用事でここに居るので、私が後輩の立場を悪用して独占するのもはばかられる。
という訳で、何気なくその場をフェイドアウト、超ノリノリ(主に和山家が)の懇親会場に戻る。
…で、22時30分、ようやく全てが終了。
内心やれやれ、と思いながら階段を下りると、一階の踊り場に。

「29位  山舘 浩」

と書かれたスチロール箱が抜群の存在感を誇示していました。

 えーと、そういう訳で理事長。
 明日、沢田屋さんのフロントに忘れ物取りに行ってください。

5月の「あっ」:その2

2007年 5月 16日 (水) at 18:21

5月15日【医者はどこだ、な日】

6月例会の中身を詰めるため、会員拡大委員会の委員会日。
幸い、この日は分団からの呼び出しが来ていないので、委員会に無事参加できるかな…と思いつつ、5月例会のためにホームページをいじくり回す。
ところがそのうち。
「あれ? 接続落ちた? なんで?」
リロードを何度か繰り返したが駄目。再起動もアウト。念のため同じルーターから配線を引っ張っている弟に聞いてみたのだが。
「繋がんね」
うーん、どうしたもんかな…と思いつつ、時間が近づいているのでJCルームへ。
ちょうどその時、坂下隆一くん(OB)から携帯メール。
20時分団集合で訓練、との事である。

…とは言え、委員会もおろそかには出来ない。隆一くんには多少遅れる旨連絡の上、いったんルームに向かう。その上で予定通りの打ち合わせを繰り返し、6月例会の内容を次第に煮詰めていく。

とりあえずそれに目鼻がつき始めたタイミングで、この日案内があった諸会議の出席・欠席の返信処理にかかる。となると、当然ながらPCも使わないといけない訳で、ここで繋がらないとなると何らかの通信障害かな…と思ったのだが。

見事にインターネット接続は継続している。

「…あれ?」

まあ、おかげで予定通りの仕事はこなせたのだが、謎は深まるばかり。
このタイミングで分団からの呼び出しがあり、皆にお詫びをした上で分団へ移動…しようと思ったのだが、さらにこのタイミングで別の電話が友人(JCマンではないので匿名です)から入る。
『もしもーし、わやまー?』
「どした?」
『今、仕事でインターネット使ってメーカーに発注かけてたんだけどさ、突然接続落ちちゃって』
「え!?」
『その上、再起動しても全然繋がんないんだよ。このままじゃ仕事になんないんだけどさ』
「わかった、行ってみる」 

 という訳で、そいつの自宅。
「えーと、まずは確認。リロードしても繋がらない、再起動しても駄目」
「そう」
「そして無線ルーターで接続を割ってるのに、何故かフレッツ接続ツールのダイヤログが飛び出す」
「そう」
 という訳で、インターネットオプションを確認。
 案の定「ネットワーク接続が存在しないときはダイヤルする」がONになっている。
 とりあえずこれを「接続しない」に切り替えてみる。

「うーん、駄目かぁ」

 次はインターネットオプションで、串を使ってないか、アドレスは自動取得になっているかも確認。ここは両方とも異常なし。

「次は…」

 IPアドレスが固定されていないかを、接続のプロパティから確認。
 これも問題なし。

「となると…」

 そこで、ふと思い出した。
 去年の冬場、予定者段階で理事会用のサブノートを使って作業をしていたら何度も動作不良を起こすわインターネットが繋がったり切れたりするわ、挙句の果てにはハングアップまでするわ、というとんでもない不調が出た事があった。この時は、よくよく調べてみると、某プロバイダのダイヤルアップ接続ツールがイタズラをしていたことが判明、システムの復元を行って無事社会復帰できたのだ。

「これしかないかなぁ」

 という訳で、できるだけ手前の位置を慎重に選びながらシステムの復元を何度か繰り返す。ところがそれでも駄目。

「うーん…」

 ここで基本的見落としに気付く。
 ルーターとPCの間は確かに繋がっているのか?

「えーと、下のタスクバーにアイコンが居るな」

 確かにアイコン上では、繋がっている事になっている。
 …という訳で、可能性は薄いかな、と思いつつも念のため再接続。

 変化無し。

 さらに念のため、一度ルーターとモデムの電源までシャットダウンしてからPC自体も再起動。

 やはり変化なし。

「…こうなったら最後の手段だ」

 ぴっぴっぴっ。

『もしもーし(バテバテの声)』
「すいません石澤さん、わやまです」
『どうしたのやぁ…』
「今、ダチんとこのPCがかくかくしかじかで」
『んー、あれあれこれこれ、やった?』
「はい、そのあれあれこれこれは一通り試しました」
『モデムとルーターは確かに繋がってるんだな?』
「えーと…はい、配線は確実です」
『パイロットランプも点いてるな?』
「はい、間違いなくADSLのランプがしっかり点いてます」
『後は…IPアドレス、きちんと取得してる?』
「はい、それも大丈夫です」
『じゃ、とりあえずルーターにアクセスして』
「はい…はい、間違いなく繋がってます。ここまでは大丈夫です」
『そしたらなぁ…』
 ぴぴっ! ぴぴっ! ぴぴっ!
「げ」
『?』
「なんか電池が切れそうでドキドキするh」
 ピーッ!(電話を充電してください)

 オワタ\(^o^)/

 …と言っている訳にもいかないので、改めてルーターの設定画面で状況確認。接続はとりあえず無事そうなのだが…と思ったら、いくつかあるタブの中に、接続の再設定タブを発見。ひょっとしたらと思いつつ、これを実行。

 結果。
「PPPoE接続」の段階で引っかかる。

「という事は…」
「という事は?」
「外にだけ繋がってない」
「えー?」
「パスワード設定ミスか、回線そのものとの通信が上手く行っていないとか。少し放置してみたりとか、リセットかけたりとかすると治るときもあるけど」
「それ、どっちもやったじゃん」
「後は」
「?」
「本当に回線障害かなぁ…いずれ、最後の切り札だった石澤さんとの連絡が取れない時点で、もうお手上げだよ」
「……」

「オワタ\(^o^)/」
「オワタ\(^o^)/」

 ちなみにこの時点で、時刻は夜の11時過ぎ。
 分団にも顔を出せず、JCは途中抜けで不義理の上、このありさまだ。
 敗残兵の気持ちで、とりあえず夕食だけは食べて、解散となった。
 そして今朝。

「やっぱり回線障害かよ…orz」
「俺達の昨夜、返せ…orz」

それにしても、何故JCルームのPCはあの段階でも普通に繋がっていたのでしょうか。謎は深まるばかりでございます。

5月の「あっ」:その1

2007年 5月 14日 (月) at 23:43

5月13日【遠足気分な日】

久慈青年会議所さんの、40周年記念式典。
今回は気分を変えて、三陸鉄道の団体割引を使わせて頂いた上での汽車移動という設営にチャレンジ。佐々木やっさん・飯岡さん・堀田くんの3人は高校時代三陸鉄道で通学していたとの事なのだが、聞いたところ「高校生以来、久々に乗った」との事。
そういう訳で、車窓から見る、「いつもと違う角度の宮古」「いつもと違う角度の岩手」の風景も新鮮で、また各駅の到着時刻の時間読みが自動車移動と明らかに違う事にいちいち驚きながらも旅程が進む。

「あ、もう小本か」
「早いですね、本当に」
「にしても、時々思うんだけどさ」
「?」
「小本駅から龍泉洞って、観光に来た人はもっと近いようなイメージ持ってるんじゃないかなぁ」
「…そうかもしれないっすね」
「うちの会社のレンタカー借りて観光行く人なんかもさ、龍泉洞に行こうとすると、『国道45号を小本まで上ってそこから岩泉入ったほうがいいですよ』って言っても、なかなかその通りに行動する人っていないんだよね」
「何故」
「ほら、地図上では茂市経由のほうが距離的に近い事になってるべ?」
「ああ…」
「まさかあんな道だとは思わないでしょうからね、都会の常識だと」

 あんな道、とは、具体的には、
・乗用車同士のすれ違いも厳しいほど狭い。
・山を縫って走る急カーブだらけ。子供は一発で酔うこと確定。
・ガードレール? 何それ?
 という感じである。

「まあ、地元の人間の言う事は聞くべきだよな。八甲田山雪中行軍事件の昔から、地元の人が言う事は正しいって決まってるんだからさ」

 その話題は、そういう結論でまとまった。

 そして式典終了後。
 汽車の時間まで、あと25分。

「よし!」
「帰りは飲むぞ!」

 汽車移動の設営なので、そういう結論に辿り着くのは当然の帰結。
 皆でお金を出し合って、お酒を売っている店を探す。
「確か商店街のこっちの方にあったよ?」
「じゃあ、行って見ますか」
 だがしかし。
「休みじゃん!」
「コンビニとかも見えないし」
「もうちょっと先に行って見ます?」
 そんな会話をしながら、久慈駅前を徘徊する平均年齢30代後半軍団。
 一言で言って、駄目オトナ丸出しだ。
 ちょうど部活からの帰宅時刻に差し掛かっている高校生の視線が痛い。

 …ん?
 待てよ? 高校生ってことは地元の子だよな…?

「ごめん、この辺で酒売ってる店、わかんない?」
 駄目オトナ軍団の駄目っぷりにドン引きしながらも、高校生は健気にこう応答する。
「えーと、駅前に戻って地下道潜って、左に行くとある筈です…」
「そっか! ありがとう!」
 その会話の後、皆に私はこう告げる。
「それじゃあ、駅前に戻りましょう!」
 ところが、皆は一様に頭を抱えていたり、頭痛をもよおしていたり。
「どしたんですか、皆さん」
「さとる」
「お前、高校生にそういう事聞くな…」
「あっ」

 ともあれ、足を逆方向に向けて地下道を潜り、高校生の言う通りに行くと。
「あった! えーと、汽車の時間まで…」
 残り15分。
「だあらっしゃああああ!!」
 の叫びとともに、堀田くん・菊地和弘委員長と共にとりあえず店に駆け込み、何も考えずにそこら辺の酒を篭にぶち込んで即会計。さらに会計終了とともに、再び駅まで猛ダッシュ。
「よし、走れば間に合うぞ!」
 などと叫びながら。
 そうして地下道を潜ろうとした瞬間、我々の必死の形相が。
「ぷっ…」
 女子高生に鼻で笑われました。

 本日の教訓。
 ・地元の人の言う事は常に正しい。
 ・高校生にお酒の事を聞いてはいけない。

 そして。

 ・女子高生に鼻で笑われないような立派な大人になりましょう。

4月の「あっ」:その3

2007年 4月 30日 (月) at 22:19

 陸前高田さんの、35周年記念式典。
 という事で、石澤副理事長、岩間直前、細越委員長の3人を乗せて一路高田へ向かうべく、自宅から車を乗り出した。
 ちなみに山舘理事長は昨日盛岡に行っているため、東北本線と大船渡線を乗り継いで高田に入る予定になっているので往路は別行動である。

 ところがそこで、携帯が鳴り響く。
 しかも予想外の人物から。

 このため、慌てて高田の高橋専務に連絡を取り、その上で乗車した3人に状況を説明の上、高田に向かう。
 で、2時間後。
 会場のキャピタルホテル1000の辺りまで辿り着いたので、既に高田に着いていると思われる山舘さんに連絡を入れてみる。

「もしもーし?もう着いてます?」
『うん、来てるよー』
「では今から、高田の駅前に向かいますんで」
『うーん…今、昼飯食うところ探して徘徊してるんだよね』
「はあ…」
『とりあえず駅前の辺りなんだけど』
「はい、それではこちらは駅前に向かいます」

 ところが、駅前に(微妙に迷子になりつつ)辿り着いたはいいのだが。
「それっぽい感じの人、全然居ませんよ、石澤さん」
「お前、JCの会員が何か変な物であるような言い方すんな」
 とまあ、いつものボケツッコミを繰り出した直後。
 携帯が鳴り響く。
「あれ? 山舘さん?」
『えーと、今日の会場、どこだっけ』
「キャピタルホテル1000です」
『うん』
「?」
『なんかそこに着いちゃった』
「ええ―っ!?」

『アホだ…』
『アホだな』
『アホアホコンビだ』

 同乗していた3人の目が、そう言っているような気がした。

 ともあれ、12:10頃、キャピタルホテル1000到着。
 そこで受付を済ませ、
「すいません、うちの理事長は…?」
「右手のお店で、お食事を取られています」
「わかりました。まだ時間もありますし、我々もそちらへ行きます」

 という訳で受付脇の食堂に行くと、そこにはあからさまな睡眠不足で死んだ魚の目をしている山舘さんが。
「おはようございまーす…」
 と、かすれた声を搾り出し、我々を出迎える山舘さん。
 とりあえずその周辺に陣取り、状況を確認する。
「和山くんには、8時8分の東北本線に乗れって言われてたんだけど」
「はあ」
「大船渡行きのバスがあるって言うんで、それに乗ろうとしちゃったんだよね」
「で?」
「ところがバスはもう出た後で」
「……」
「慌てて駅まで戻って新幹線乗って、そこから大船渡線の盛行きに乗り換えて、結局和山くんに調べてもらったとおりの時間に着いたんだよね」
 なるほど。よくわかりました。
 山舘さん、あなたは今日、きっと天中殺です。

 そして皆で食事を取り終えた、12:40分頃。
 またまた携帯が鳴り響く。

「はい和山です。…着いた? はいはい、正面の受付の右手にある店で、皆で飯食ってますんで、そこにお願いします。…登録料は受付に出しておいて、領収書も預かってるんで、こっちに直接で大丈夫。…そう、皆いるよ。…はいはい、よろしく」

 ちなみに、昨日の時点で陸前高田さんに登録していた人間は、皆ここにいる。
 それなのにこの会話内容である。
 事情を知っている宮古発の3人がしみじみと頷く。
 そして、山舘さんの表情が凍り付く。
 その空気を感じながら、ここでいよいよビッグサプライズを発言する時が来た。

「村田(美穂委員長)さん、今着いたそうです」

 その瞬間、山舘さんの顔から明らかに血の気が引いた。
 同時に、今まで寝ぼけ半分だった目がばっちりと目覚めた。
 そして変な汗を噴き出しながら、頭を抱える山舘さん。

 ちなみに今朝の電話の内容。

『和山さん!』
「? どうしたの? 村田さん」
『山舘さんに、置いていかれました!』
「…えっ? 山舘さん汽車だって…」
『それが昨夜! 盛岡から高田まで乗せて行けって言うんで、朝9時に準備を整えてこっちを出るように待ち構えてたら、独りで勝手に高田まで行ったって!』
「マジ?」
『大マジです! とりあえず今からこっち出ますんで! 私も周年出ますから、高田さんに喋っておいてください!』
「(冷や汗)」
『それから!』
「はい?」
『もう、はぁ、頭来たんで、山舘さんには絶対言わないでおいて下さい!』

【問題】
A.(村田さん大激怒)+(ネタとしてのオイしさ)
B.(山舘さん鬼ボケ)+(専務としての立場)

 とした場合において、A式とB式を不等号で結べ。

【私の回答】

A  (村田さん大激怒)+(ネタとしてのオイしさ)
  ≒(盛岡のKさん)×(さおりさん)+(うちの姉貴を怒らせた時の怖さ)

B  (山舘さん鬼ボケ)+(専務としての立場)
  =(たぶん喋った事覚えてない)+(教えないほうが会話が弾む)

   答え.A>B
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「了解」
『それじゃ、よろしくお願いします! はぁ、あったま来た!(ブツン!)』

えーと。
ここから先は、さすがに書くに忍びないので、ヒロシ日記をご参照ください。

4月の「あっ」:その2

2007年 4月 25日 (水) at 21:48

えー、今回はちょっと趣向を変えて。

直前ブロ長・伊藤公一さんが昨年度の会員会議所の席で、家族についての話を一年間続けられた事は、皆さん既にご存知かと思います。JCマンであれば誰しも少なからぬ割合で後ろめたさを感じていると思われる「家族・家庭」との関わり。
今回は、そこに焦点を当ててみたいと思います。

「お父さんはいつも青年会議所で出かけていて、家に居ません」
今から20ウン年前に、うちの姉貴が「私のお父さん」というタイトルの作文で暴露した親父の行状です。ちなみに私自身も(確信犯で)「お父さんの仕事は、青年会議所です」と書いた覚えがあります。

因果応報とはよく言ったもので、今では私自身が夕食時に家にいると、甥っ子や姪っ子に、
「あれ? なんでいるの?」
と言われるようになってしまいました。

そこまで極端かなぁ…と思いつつ、わが身を振り返ってみます。

月に2~3日 :何らかの会合で不在。
毎週土曜日  :分団の夜警当番で毎週不在。
月のうち一週間:事務所に引きこもって深夜まで独りで残業・事実上不在。
月のうち一週間:家族の夕飯を作り、甥っ子・姪っ子に飯を食べさせ、朝飯の
        仕込みを行う。
残り       :JC

あ、確かにこりゃ居ないわ。
居るときは、俺が台所で飯作ってるもんな。

そう言えば、前回の理事会だったか常任のとき、
「明日の夕飯、何にしようかな…」
って呟いたら、
「お前、家族に人生食い潰される前に独り暮らし始めろ。今すぐに」
って石澤さんに言われたっけ…。

い、いやいや。
落ち着け。皆の話を聞いてみれば、もっと大変な人も居るはずだ。

【ケース1:S・K委員長の場合】
「JCで夜中まで皆と居たら、ヨメから怒りの写メが来ました。『今夜はカツカレーよ、早く戻って来なさい』って…しかもこの時点でさんざん飯食ってて腹いっぱいだったのに…」

この事件が起こった時、俺も現場に居ました。
その時は素直に「大変だな」と思ったのですが。
正直申し上げます。S・Kくん。君はまだまだ次からの人達に比べればぜんっぜん幸せです。

【ケース2:Y・O室長の場合】
「JCに出かける、っていう時点で俺の夕飯は無い事になってて、『今日は帰りが早いから、飯に間に合うと思う』って言ったら露骨に嫌な顔されました」

【ケース3:Y・H副理事長の場合】
「そもそも俺の夕飯、って概念持ってないぞ、うちの嫁」

ここまで来ると、いろんな意味でかなりの高得点です。
俺のような珍妙なスキルを持つ者を除く独身者のドリーム、根本からぶち壊しです。

【ケース4:H・Yさんの場合】
「家に帰ったら鍵閉められてて、風呂場の窓から家に入りました」

さすがにこのエピソードは洒落にならんので、役職は外します。
外した理由をお察しください。

皆さん、くれぐれも家族は大事にして下さいね。

…で。
今回の大暴露大会、実はもう一つあります。
【ケース5:S・W専務の場合】

 仕事が終わったあと、「今日はちょっと買い物出て遅くなるから、夕飯は待ってて」と言われました。

 ああそうか、とりあえず俺が作らなくてもいいのか…と思いつつ、常任合わせの資料を作成していました。

 ある程度目鼻がついたのですが、まだ家族は戻って来ません。
 でもまあ、待っててくれと言ったのだからと思い、暇つぶしの読書を少ししてました。
 それでも帰って来ません。

 で、つい30分ほど前の事です。
 ようやく帰って来ました。
 満面の笑みで。

「ごめーん! お寿司食べて来ちゃった!」
「ああ、そうですか…」
「で、おみやげ!」
「ああ、そうですか…」

つコンビニの塩焼きそば

「ちゃんと食べてね!」

 えーと。
 俺、家族の中で要らない子になってる?